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SI改善のポイント:ガードトレースによるクロストーク抑制の効果
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高速デジタル信号でのガードトレースの効果は諸説あります。一説では、扱う信号の1/10波長以下の間隔でビアを配置したガードトレースを配置することでシールドとしての効果が期待できるというものです。一方、信号間を3Wルールで分離すればクロストークを十分に抑えられるためガードトレースは不要であるという説もあります。ガードトレースを配置すると少なくとも3Wは分離することになりますから、ここに更にガードトレースを配置する必要は無いということです。結論から言うと、高速信号に対するガードトレースは効果がある場合もあれば、逆効果となる場合もあるということになります。今回のコラムでは、高速信号でのガードトレースが本当にクロストークに効果があるのか、シミュレーションによる解析を通じてその謎に迫って行きたいと思います。
目次
Sパラメータ解析
Sパラメータ解析の構成
まずは、Sパラメータの観点からガードトレースを検証してみます。図1は今回解析するガードトレースの構成を表しています。左上図はガードトレース無しの構成で、残り3つの図はガードトレース有りの構成です。
加害者信号(各図における左側の配線)と被害者信号(同右側の配線)は平行に配線されており、ガードトレース有りの構成については、その中央にそれぞれビア構成の異なるガードトレースが配置されています。プリント基板の仕様は、信号トレース及びガードトレースの銅箔幅0.3mm(W1,W2)、銅箔厚48μm(t)、信号トレース間0.9mm(2xW1+W2)、信号トレース~ガードトレース間0.3mm(S)、誘電体(FR4)厚0.25mm(H)、信号トレース長及びガードトレース長(L)100mm、誘電体(FR4)の比誘電率4.2、誘電正接0.013で全て共通となっています。
ガードトレースは、ビア両端のみ配置の場合(右上図)、ビア3箇所配置の場合(左下図)、ビア11箇所配置の場合(右下図)となっており、ビア間隔は、それぞれ100mm、50mm、10mm相当となります。
Sパラメータ解析結果
図2にSパラメータ解析の結果を示します。図の赤線、青線は、それぞれ近端クロストーク、遠端クロストークを表しています。
ビアを両端のみに配置した時の解析結果(右上図)を見ると、 865MHzで共振が見られます。ガードトレースの両端はGNDに接地されておりインピーダンス整合が取れていない為、加害者信号からガードトレースへ飛び火したクロストークはガードトレース内を往復し一種の共振回路として働いてしまうと考えられます。このクロストークは更に被害者信号に飛び火してクロストークとして現れることになります。つまりガードトレースの配線長(正確にはビア間長)に応じた周波数で共振点が現れるということです。更にガードトレースにビアを追加した解析結果(下2つの図)を見ると、共振点が高い方へシフトしているのがわかります。ビアを3個配置(ビア間隔50mm)した左下図では1.76GHzに、ビアを11個配置した右下図(ビア間隔10mm)では、8.75GHzにそれぞれシフトしています。
ガードトレースを設けた場合に現れる共振周波数付近までは、ガードトレースが無い場合と比較して近端・遠端ともにクロストークが抑えられていることがわかります。このことから、少なくとも共振周波数付近までについては、ガードトレースによるクロストーク抑制の効果はあると考えられますが、扱う信号の帯域が共振周波数を含む場合、ガードトレースを設けることが逆効果になる可能性があることが伺えます。クロストークを抑制するための最適なガードトレース上のビア配置間隔は、デジタル信号に周波数成分がどの程度まで含まれているかに依存することになります。
デジタル信号に含まれる周波数成分は高次になるほど減衰が大きくなると考えられるため、クロストークを抑えるには、ガードトレースにビアを配置して共振周波数を高い方へシフトさせると効果がありそうです。この後の検証では、ビアの配置間隔を変えた場合、近端クロストークや遠端クロストークによる被害者側の波形がどのように変化するのかを見ていきたいと思います。
ビア間隔と共振周波数の関係
ここで、ガードトレースのビア間距離と共振周波数との関係を調べておきます。始めにビアを両端のみに配置した例での関係を調べます。まず、このマイクロストリップライン構成での実効比誘電率を以下の近似式で求めます。(式の適用条件に注意)
更に、求めた実効比誘電率から、ガードトレースのビア間距離での信号遅延時間を求めます。
従ってλ / 2は以下のようになります。
この値は、Sパラメータ解析結果で現れる共振周波数(865MHz)とおおよそ一致しています。同様に、ガードパターンのビア間距離50mm、10mmについても同様に求めると、表1のようになり、どれもSパラメータ解析結果で現れる共振周波数とおおよそ一致していることがわかります。また、ビア間距離とクロストークの共振周波数は式から、反比例の関係となっています。
クロストーク波形解析
続いて、ガードトレースの構成違いにより実際に被害者信号に現れるクロストーク波形がどのように変化するのか解析してみます。
クロストーク波形解析の構成
図3はガードトレースの構成による被害者波形への影響を解析するための構成を表しています。加害者側に信号源が追加されていることを除いて図1の構成と全て同じです。銅箔幅、銅箔厚、誘電体厚、トレース長、基材の比誘電率、誘電正接等も全てSパラメータ解析で説明したものと同じとしています。加害者信号のトレースを励起する信号源は、振幅3.3Vp-p、信号立上り時間1nsと100psの2種類で解析を行いました。
クロストーク波形解析結果(信号立上り時間:1ns / 近端クロストーク)
図4は、信号立上り時間1ns時のガードトレースの構成違いによる近端クロストーク電圧波形の解析結果です。ガードトレースを設けると前述のSパラメータ解析時に見られた共振周波数付近の周期で小さなリンギングが発生しています。ガードトレースが無い場合のクロストークによる振幅は27.97mVとなっています。ガードトレースを設けた場合、ビアの数に関係なくクロストークによる振幅が若干小さく(14.51mV~19.43mV)なっていますが、ビア間隔差の影響は小さく、無理にビアを増やすメリットは殆どありません。クロストークによる振幅は信号の振幅電圧の1%以下と、それほど神経質になる必要はなさそうです。
クロストーク波形解析結果(信号立上り時間:1ns / 遠端クロストーク)
図5は、信号立上り時間1ns時のガードトレースの構成違いによる遠端クロストーク電圧波形の解析結果です。こちらも近端クロストークと同様の傾向が見られ、ガードトレースを設けることで小さなリンギングが発生しております。ガードトレースが無い場合のクロストークによる振幅は29.77mVで、ガードトレースを設けた場合、ビアの数に関係なくクロストークによる振幅が若干小さく(11.49mV~15.80mV)なっています。図4・図5より、加害者信号が持つ周波数帯域が、Sパラメータ解析時に見られた共振周波数よりも十分に小さい場合、ガードトレースを設ける効果があり、ビア間隔差の影響も小さいことがわかります。
クロストーク波形解析結果(信号立上り時間:100ps / 近端クロストーク)
図6は、信号立上り時間100ps時のガードトレースの構成違いによる近端クロストーク電圧波形の解析結果です。ガードトレースを設けると前述のSパラメータ解析時に見られた共振周波数付近の周期で大きなリンギングが発生しています。ビア両端のみの波形(右上図)とビア3箇所配置時の波形(左下図)では、このリンギングのせいで、ガードトレース無し(左上図)よりもクロストークによる振幅が大きくなっています。(ガードトレース無し時:28.02mV、ガードトレース有り(ビア両端)時:266.0mV、ガードトレース有り(ビア3箇所配置)時:145.4mV) ビアを11箇所配置(右下図)すると、ガードトレース無し(左上図)と比べ、クロストークによる振幅は小さくなっています。(27.05mV) これらの解析結果からも、特に信号の立上り時間が速い場合、ビア間隔を適切に配置しないと、ガードトレースがクロストークを悪化させる原因になりかねないことがわかります。ガードトレースに適切にビアを配置出来ない場合は、無理にガードトレースを設けるよりも空きスペースにしておいた方がクロストークは小さくなります。
クロストーク波形解析結果(信号立上り時間:100ps / 遠端クロストーク)
図7は、信号立上り時間100ps時のガードトレースの構成違いによる遠端クロストーク電圧波形の解析結果です。遠端クロストークにおいても近端クロストークと同様の傾向が見られ、ガードトレースを設けることで前述のSパラメータ解析時に見られた共振周波数付近の周期でリンギングが発生しています。しかし遠端クロストークでは、ビア両端のみ、ビア3箇所配置、ビア11箇所配置全てにおいて、クロストークは改善しています。(ガードトレース無し時:263.1mV、ガードトレース有り時:144.2mV~253.2mV)
クロストーク波形解析の構成(片端接地時)
図8はガードトレースの片端を接地せずに開放状態にした場合の被害者波形への影響を解析するための構成を表しています。銅箔幅、銅箔厚、誘電体厚、トレース長、基材の比誘電率、誘電正接等は全てSパラメータ解析で説明したものと同じです。
加害者信号のトレースを励起する信号源も同じく、振幅3.3Vp-p、信号立上り時間1nsと100psの2種類で解析を行いました。
クロストーク波形解析結果(信号立上り時間:1ns / 片端接地時)
図9は、信号立上り時間1ns時のガードトレースの構成違いによる近端クロストーク電圧波形、図10は、同じく遠端クロストーク波形の解析結果です。図4、図5のガードトレース無しの解析結果と比較すると、明らかにクロストークが悪化しているのがわかります。これらの結果から、ガードトレースは両端を必ずビアでGNDと接続することも重要であることがわかります。片端を開放状態にしてしまうと、この部分がアンテナとなって、外来ノイズの影響を受けやすくなりますし、放射ノイズの原因にもなるため、避けるべきでしょう。
クロストーク波形解析結果(信号立上り時間:100ps / 片端接地時)
図11は、信号立上り時間100ps時のガードトレースの構成違いによる近端クロストーク電圧波形、図12は、同じく遠端クロストーク波形の解析結果です。こちらも、図6、図7のガードトレース無しの解析結果と比較して、ガードトレースを設けても、片端を開放状態にしてしまうと、明らかにクロストークが悪化しているのがわかります。
クロストーク波形解析結果の考察
表2は、これまでのクロストーク波形解析結果を表にまとめたものです。赤文字、青文字の数字は、それぞれガードトレース無しの場合と比較して、悪化、改善していることを示しています。
右側の表の方が信号立上り時間が速い(100ps)ため、全体的にクロストークは大きくなっています。(ガード無しの状態での近端クロストークは立上り時間が速くなっても臨界距離に達しているため殆ど変化はありません。)
これらの表から、ガードトレースを設けたからと言って必ずしもクロストークが改善するわけでは無く、むしろ悪化する場合もあることわかります。ガードトレースの片側を接地せず、開放してしまうとNEXT、FEXT共に悪化してしまっています。また、信号立上り時間1nsではビア間隔の影響は殆どありませんが、信号立上り時間が100psになると、クロストークを改善するためには、ビアの間隔にも注意をする必要があることが読み取れます。ビア間隔は、扱う信号のλ/10より短くすることが推奨されています。
ガードトレースのまとめ
最後に、今回の検証結果から、ガードトレースについてわかったことをまとめておきます。
(1)ガードトレースは信号速度に応じて適切な間隔でGNDビアを配置する。
(※ガードトレース長に対して信号速度が低速な場合は、GNDビア間隔の影響は小さい。)
(2)ガードトレースに適切なGNDビアを配置できない場合は、ガードを設けず空きスペースの方が良い。
(3)ガードトレースの両端にはGNDビアを配置する。
今回のコラムではガードトレースによるクロストークの防止効果について言及してきました。他にも基板の垂直方向を利用したガードリングの方法もあります。また、信号をGNDでガードすることでEMIやEMSの性能にも影響を及ぼす場合があります。この辺りについては、また別の機会で触れて行きたいと思います。
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