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SI改善のポイント:クロストークの算出とシミュレーションによる検証

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シグナルインテグリティ改善のポイントの前回(第7回)では、クロストークのモデル化方法や発生メカニズムについて解説しました。今回(第 8 回)はクロストークのピーク電圧の算出式の紹介とシミュレーションとの整合性の検証を行います。 また、マイクロストリップ線路とストリップ線路でのクロストークの違いについても見ていこうと思います。

目次

近端クロストークと遠端クロストークの算出

被害者線路の近端、遠端に現れるクロストークのピーク電圧(VNEXT , VFEXT)は、それぞれ図12の式で算出することが出来ます。 但し、ここで求まる近端クロストーク電圧は、立上り時間に対して配線長が長い場合に限ります。 信号の立上り時間中に信号が遠端に到達する場合は、近端クロストーク電圧は、より小さくなります。

図12: 近端・遠端クロストークのピーク電圧算出式

ここで、少しこの式を考察してみようと思います。

まず、近端クロストークを抑えるには、式より、容量性結合 (CmL/CL) 、誘導性結合 (LmL/LL) を小さくする、すなわち、CmL , LmLを小さく、CL , LLを大きくすることが必要であり、信号の立上り時間 (Tr) や配線長 (L) (但し、配線長≧臨界長の時)の影響は受けないことがわかります。 CmL , LmLを小さくするには配線間(加害者線路~被害者線路間)の距離を広げる、CLを大きくするためには信号線とGNDプレーン間の距離を短くする、といった方法が考えられます。

一方、遠端クロストークを抑えるには、式より、まず、信号の立上り時間 (Tr) を遅くし、 配線長 (L) を短くする方法が考えられます。 また、容量性結合と誘導性結合を同程度 ((CmL/CL)≒(LmL/LL)) にするという方法も考えられます。 そのためには、全ての導体を取り囲む誘電体材料の分布を均質にしなければなりませんが、これはストリップ線路を使用することで実現出来そうです。 マイクロストリップ線路では信号配線の横面、上面が空気にさらされていることにより、GNDとの容量結合に比べ、配線間の容量性結合が小さくなります。 このため、誘導性結合が支配的となり逆極性の遠端クロストークが発生すると考えられます。 一方、ストリップ線路の場合、配線を取り囲む誘電体材料の分布を均質にし、容量性結合と誘導性結合を同程度にすることが可能です。 現実的には、コア材とプリプレグ材では誘電率が異なるなど、全ての導体を取り囲む誘電体材料の分布を均質にすることは難しい場合が多いですが、遠端クロストークの低減には役立ちそうです。 注意しなければならない事として、ストリップ線路の場合、配線間の距離が近いと、近端クロストークを増加させる場合があることです。 こちらについては、後ほど詳しく紹介します。

シミュレーションによる検証

信号間距離 1W の場合

それでは、先程ご紹介したクロストークのピーク電圧算出式の妥当性を確認するため、Keysight社の Advanced Design Systemを使用して検証してみます。 図13に解析構成を示します。 左側がマイクロストリップ線路、右側がストリップ線路で引かれた結合している2本の線路で、プリント基板の仕様は、配線幅(W):0.3mm、銅箔厚(t):35μm、信号間距離スペース(S):0.3mm(1W)、配線長(L):100mm、誘電体(FR4)の比誘電率4.2、誘電正接0.013で、誘電体の厚みは、線路インピーダンスが50Ωとなるように調整し、各配線端は50Ωで終端しています。 図中のVOUT,VO1~VO4,Vloadは、加害者線路を、VNEXT,VL1~VL4,VFEXTは、被害者線路をそれぞれ20mm間隔で設けた測定点を表しています。

図13: 解析構成 (信号線間距離:1W)

この構成で各部の信号波形をシミュレーションした結果を図14に示します。 図の点線で表される波形は加害者線路の各測定ポイントにおける電圧波形で、実線で表される波形は被害者線路の各測定ポイントにおける電圧波形となっています。 励起する信号源は、振幅3.3Vp-p、信号立上り時間(10-90%)で80psとしています。

マイクロストリップ線路(左図)では、近端クロストーク(黒太線,VNEXT)のピーク電圧が0.076V、遠端クロストーク(緑太線,VFEXT)のピーク電圧が-0.509Vとなっています。 そして、被害者線路の各観測点での電圧を順に確認すると、VL1 ~ VL2 ~ VL3 ~ VL4 ~ VFEXTと、遠端に向かうに連れてクロストークノイズの振幅が大きく成長していく様子が観測出来ます。

一方、ストリップ線路(右図)では、近端クロストーク(黒太線,VNEXT)のピーク電圧が0.126Vとなり、マイクロストリップ線路よりも悪化しています。 また、遠端クロストーク(緑太線,VFEXT)のピーク電圧は、-0.001Vと、遠端クロストークがほぼ発生しなくなっています。 これは先ほど説明しました通り、配線を取り囲む誘電体材料の分布を均質にすることで、容量性結合と誘導性結合が同程度になったためと考えられます。

図14: 解析結果 (信号線間距離:1W)

信号間距離 3W の場合

図15は、それぞれ図13の解析構成で、信号間距離スペース(S)を:0.9mm(3W)としたものです。 (他の条件は図13の場合と全て同じです。)

図15: 解析構成 (信号線間距離:3W)

同様に、この構成で各部の信号波形をシミュレーションした結果を図16に示します。

マイクロストリップ線路(左図)では、近端クロストーク(黒太線,VNEXT)のピーク電圧が0.017V、遠端クロストーク(緑太線,VFEXT)のピーク電圧が-0.174Vと、どちらもスペースが1Wの時よりもクロストークが改善しています。

ストリップ線路(右図)では、近端クロストーク(黒太線,VNEXT)のピーク電圧が0.013Vとなっています。 スペースが1Wの時は、マイクロストリップ線路よりも悪化していましたが、スペースを3Wにまで広げると、マイクロストリップ線路よりも改善していることがわかります。 また、遠端クロストーク(緑太線,VFEXT)のピーク電圧は、スペースが1Wの時と同様、配線を取り囲む誘電体材料の分布を均質にすることで、容量性結合と誘導性結合が同程度になったことでほぼ0Vとなっています。

図16: 解析結果 (信号線間距離:3W)

図17に解析により求めたマイクロストリップ線路、及びストリップ線路における「配線間距離 vs 近端クロストーク係数」のグラフを記載します。 配線間距離が2W~3W程度まではストリップ線路の方が、近端クロストーク係数が大きくなっていますが、 ストリップ線路では、3W程度から近端クロストーク係数が逆転し、更に配線間距離が離れると大幅に小さくなっていきます。 繰り返しになりますが、ストリップ線路の場合、この例のように、配線間の距離により近端クロストークを増加させる場合があるため注意が必要です。

図17: マイクロストリップ線路とストリップ線路による近端クロストーク係数の差

算出値との比較

それでは、クロストークのピーク電圧を図12で紹介した算出式に基づいて計算してみます。 まず、結合伝送線路の容量マトリクス及びインダクタンスマトリクスを求める必要があります。 残念ながらこれらを精度良く求めるための近似式等は存在しないようなので、電磁界ソルバーを使用してこれらを求めます。 算出結果を図18に示します。

図18: マクスウェル容量マトリクス及びインダクタンスマトリクスの解析結果

信号伝搬速度( )は、以下の式で求まります。

これら、得られた値を図12の算出式に代入し、近端・遠端クロストークのピーク電圧を算出します。 求まった算出結果と、先程シミュレーションで得られたた近端・遠端クロストークのピーク値との差異を検証します。 図19は、これらを比較するための表です。 計算で得られた結果である「算出値」とシミュレーションで得られた結果である「解析値」がほぼ一致しており、良く相関性が取れていることが確認出来ました。

図19: 算出値と解析値の比較

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