技術コラム Column
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- 連載コラム :EMI低減の道しるべ
信号線からの放射エミッション
目次
信号線からの放射エミッション
高速ディジタル信号は、一般的に急峻な立ち上がり・立ち下がりエッジを伴う矩形波を出力します。 このような信号は広い周波数帯域を持ち、特にこれらの高調波成分が放射エミッションの原因となります。 インピーダンス不整合、リターンパスの不連続性、差動配線の不均衡性、配線のアンテナ効果などにより、信号が持つエネルギーの一部が不要な放射として外部に放出されます。
例えば、インピーダンス不整合は信号反射を引き起こし、伝送路上に現れる過渡電圧が放射エミッションの原因となります。 また、リターンパスが不連続である場合、リターン電流が迂回経路を通ることで大きなループを形成し、そのループがアンテナのように振る舞うため、広帯域の放射が発生する可能性があります。 差動配線の不均衡性は、差動信号のコモンモード成分を増加させ、放射エミッションを増加させる要因となります。 さらに、配線そのものがアンテナ効果を持ち、特定の周波数帯域で効率的にエネルギーを放射する場合もあります。
本連載コラムの第3回では、信号線から発生する放射エミッションに関して、実験基板を用いた実測結果とその対策効果について検証して行きたいと思います。
実験基板の構成
今回行った実験の構成は、連載コラムの第1回と同じであるため、詳細については第1回のコラムを御参照下さい。 これまで(第1回および第2回)と異なり、今回は信号ラインに起因するノイズについて検証を行います。 そのため、回路は同じですが配線構造が少し異なります。 図1に今回のベースとなる実験基板を示します。 (各基板を識別するために、実験基板パターン図の右上に番号を割り振っています。 この例では①となっています。) これまでのコラムでは、電源ラインに起因するノイズの検証を目的としていたため、ノイズ源である50MHz発振器(X1)を図の右端に配置し、負荷と接続する信号線は最短にしていました。 一方、今回のコラムでは、信号ラインに起因する放射ノイズを検証するため、発振器を図の左端に移動し、右端にある負荷まで信号線を引き延ばしています。 (信号線は、線幅0.15mm・線長133.85mmのマイクロストリップラインで、線路の特性インピーダンスと合致するようにダンピング抵抗の定数を調整しています。) このベース基板を元に、少し手を加えた基板を複数用意しています。 それらについては、それぞれのセクションで説明します。
検証:ガードリングの効果
実験基板の説明
最初に、高速信号に対するガードリングの効果についての検証を行いたいと思います。
ガードリングは、高速信号から発生する放射ノイズやクロストークを低減する効果があると考えられています。 先程示したベース基板①では、信号線に対してガードリングは施されていませんでした。 図2に示す基板②は、ベース基板①に対し、信号線をガードリングした構造となっています。 信号線とガードリング配線の間隔は1W(0.15mm)で、GNDビアは両端に配置しています。
ガードリング配線を施す場合は、その両端および適切な間隔でビアを配置することが推奨される場合があります。 図3の基板③は、ベース基板①に対して、信号線をガードリングし、更にガードリング配線に対して、9x2箇所のGNDビアを等間隔で配置しています。 信号線とガードリング配線の間隔は基板②と同様1W(0.15mm)で、GNDビアは両端に加え15mm間隔で配置しています。
測定結果と考察
図4は、先に示した実験基板①~③における測定距離10m、水平偏波での放射エミッション測定結果を示しています。 基板①と基板③の測定結果を比較すると、ガードリング処理を施すことで、ピーク周波数で約3.5dB改善していることがわかります。 然しながら、ガードリング配線に15mm間隔でGNDビアを追加した基板③では、ガードリングの無い基板①より改善はしているものの、基板② (ガードリング(GNDビア両端のみ)) と比較すると、ピーク周波数で約1.3dB悪化しており、ガードリング配線にGNDビアを追加すれば放射エミッションが必ず改善するわけではないことがわかります。 最適な設計にはさらなる検証が必要です。
検証:スリット跨ぎの影響と対策
実験基板の説明
次に、高速信号配線におけるスリット跨ぎによる放射エミッションへの影響について検証を行いたいと思います。
スリット跨ぎとは、信号が、配線パターン上でリファレンスとなるGNDプレーン(リターンパス)に存在するスリット(切れ目)を横断する状況を指します。 スリットはリターン電流の流れを妨げ、放射エミッションの増加や信号品質の劣化を引き起こします。 図5に示す実験基板④はこの検証の基準となる基板で、 ベース基板①に対し、L3の線電源を面電源としたものです。
図6は、面電源ベース基板④に対し、L2にスリットを設けた基板です。 スリットの幅は1mmとしています。 以前にスリットのある層の直下層をGND層として放射エミッションを測定したことがあるのですが、この時はスリットの有無での放射エミッションの差が殆ど確認出来なかったため、この実験基板⑤ではスリットのあるL2の直下層L3は3.3V電源層としています。
図7は、面電源ベース基板④に対し、L2にスリットを設け、更にスリット直近にGNDビアを設け、信号と同一層(L1)で橋渡し配線を施した基板です。 スリットによるリターン電流の迂回を防ぐことで、放射エミッションの低減効果が期待出来ます。
測定結果と考察
図8は、先に示した実験基板④~⑥における測定距離10m、水平偏波での放射エミッション測定結果を示しています。 基板④と基板⑤の測定結果を比較すると、リターン経路にスリットが存在する場合、ピーク周波数で約2.6dB悪化しています。 然しながら、スリット近傍にGNDビアを設け表層で橋渡し配線することで、スリットが存在しない場合とほぼ同等レベルに収まりました。
検証:配線層切り替えビアの影響と対策
実験基板の説明
今度は、配線層切り替えビアを設けた場合の放射エミッションへの影響について検証を行います。
一般的に、信号線が配線層切り替えビアを経由すると、リターン電流がグランドプレーン内で迂回するため、信号線とリターンパスのループ面積が拡大し、放射エミッションが増加します。 また、ビア周辺でインピーダンスの不整合による反射が生じ、これも放射エミッションの増加につながる可能性があります。 図9に示す基板⑦は、配線層切り替えビアを含んだ基板です。
図10は、配線層切り替えビアを含む基板⑦に対し、直近にリファレンス用ビアを2箇所(それぞれ3.3VとGNDに接続)設けた基板です。 この基板⑧では、表層でバイパスコンデンサにより結合されています。
測定結果と考察
図11は、先に示した実験基板⑦~⑧における測定距離10m、水平偏波での放射エミッション測定結果を示しています。 基板⑦と基板⑧の測定結果を比較すると、ピーク周波数で約0.6dBと僅かですがリターンビアを追加すると、放射エミッションが改善していることがわかります。
検証:ミアンダ配線の影響
実験基板の説明
最後に、ミアンダ配線を施した場合の放射エミッションへの影響について検証を行います。
図12に示す基板⑨は、ベース基板①に対し、アコーディオン型ミアンダ配線としたものです。 配線長はベース基板①と同じ133.85mmに合わせています。
測定結果と考察
図13は、ベース基板①とアコーディオン型ミアンダ配線を施した基板⑨における測定距離10m、水平偏波での放射エミッション測定結果を示しています。 これらを比較すると、放射エミッションはほぼ同等でした。 ミアンダ配線を行うとノイズが増加するイメージがありますが、実際には殆ど影響がないことがわかります。
最後に
今回のコラムでは、信号線から発生する放射エミッションに関して、実験基板を用いた実測結果とその対策効果について検証しました。
今回の実験結果から、高速信号のガードリングが放射エミッションの低減に効果があることを確認しました。 また、スリット跨ぎが存在する場合でも、スリットの直下層に電源やGNDプレーンが存在する場合、ある程度放射を抑えられると考えられます。 さらに、スリットをGNDビアで表層に橋渡し配線することで改善できることも確認しました。 加えて、配線層切り替えビアの近傍にリターン経路用ビアを配置することで、放射エミッションを僅かですが抑制できました。 最後に、ミアンダ配線は放射エミッションにほとんど影響を及ぼさないことを確認しました。
他にも、信号線から発生する放射エミッションに関して多くの実験を行っています。 これらの測定結果については、また別の機会にご紹介できればと思います。